能登半島支援 社長が現地で見た復興の今(2025年9月訪問)

業務の都合でご報告がかなり遅くなってしまいましたが、実は昨年の9月4日に4度目となる能登支援に行ってきました。

今回は、昨年2月10日から現地に貸し出していた「1時間に1.8tの河川・湖沼水を飲み水に精製できる浄水装置」の引き揚げが主な目的です。あわせて、翌々日から新潟で開催される「ぼうさいこくたい2025」への参加も予定していたため、走行距離などを考慮し、トラックではなく、ハッチバックを開けると広いデミオで向かうことにしました。

——これが、後々思いがけない出来事につながるのですが。


当日は朝一番に外せない用件があり、7時40分に徳島市内を出発。若狭道・北陸道を経由して約580kmを走り、17時10分に能登半島最先端の珠洲市小泊集落へ到着しました。


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■ 現地到着後の様子
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道中でまず感じたのは、道路状況が驚くほど改善されていたことです。
これまで何度も経験した、急な段差や衝撃を受ける簡易舗装、幹線道路で突然ふわっと宙に浮くような箇所は、今回は一切見受けられませんでした。

片側交互通行で2分以上待つ信号が3か所ほどありましたが、特に危険を感じる場所はなく、全体的に整備が進んでいる印象でした。一方で、奥へ進むにつれて、電柱や信号機が微妙に傾いていることには気づかされます。最終地点の少し手前では、1列すべての電柱が同じ方向に傾いており、その光景に「これで良いのでは」と錯覚しそうになるほどでした。

また、ナビに案内されて渡ろうとした鉄筋コンクリート造の橋は、2か所ともバリケードが設置され、通行不能となっていました。


倒壊したままの建物は2か所ほど見かけましたが、基礎だけが残る場所はあっても、全体としては1年前とは別世界と思えるほど片付いていました。

夕暮れ前、役目を終えた浄水装置が保管されている倉庫に到着し、明るいうちに引き取って帰る予定でした。
しかし、ここで予想外の問題が発生します。

「……車に入り切らない。」

事前に本体サイズも車内寸法も確認し、十分に載せられるはずだったのですが、キャスターがハッチバック下部の壁に引っ掛かり、前方は後部座席を倒した段差に当たって、それ以上動かせません。

ハッチが閉まらない——正直、かなり焦りました。

事前打ち合わせをしていた現地の方は遠方に出張中。「近所には高齢の方しかいない」と聞いていたため、やむを得ず一人で汗だくになりながら、約1時間、暗くなる中で格闘することに。

その時、ふと「横にしてみよう」と思いつきました。

40kg以上ある装置を慎重に横倒しにし、そっと着地させると、無事にハッチが閉まりました。
安堵した瞬間、全身の力が一気に抜けたのを覚えています。

布類をクッション代わりに詰め込み、約90km戻った場所にある当日の宿へ向かいました。

もし1年前のような段差だらけの道路状況だったら、衝撃の連続で装置に不具合が出ていたかもしれません。
しかし、道路整備が進んでいたおかげで、3日後に帰還した際も、装置は問題なく稼働してくれました。


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〈現地の方の言葉から感じたこと〉
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今回改めて印象に残ったのは、現地の友人からかけられた「忘れないでいてくれてありがとう」という言葉です。報道が減るにつれて、「もう能登は大丈夫」と思われ、忘れ去られてしまうことが一番怖いのだと話していました。

建築・土木・水道関係の業者は数年先まで仕事があり、以前泊まったビジネスホテルも、数か月先まで作業員の方々の予約で満室とのことです。
復興への道のりはまだ長く、人口流出も続く能登半島。心のケアを必要とされる方も多く、完全に癒えるまでには相当な時間がかかると感じました。

心優しい能登の皆さんに、一日でも早く平穏な日々が戻ることを願っています。

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